はじめに
「扶養の範囲内で働きたいので、給与を調整してほしい」——従業員からこう言われたとき、いくらまでなら大丈夫か、すぐに答えられますか。
「年収の壁」には所得税・住民税・社会保険の3種類があります。どの壁を意識しているかによって金額の基準が異なり、令和8年度税制改正により所得税と住民税の壁が引き上げられました。このコラムでは各壁の仕組みをおさらいしながら、改正内容と実務上の対応を整理します。
「年収の壁」の全体像
まず、4つの壁と改正後の金額を一覧で確認しておきましょう。
| 壁の種類 | 改正前 | 改正後 | 適用時期 |
|---|---|---|---|
| ① 住民税の壁 | 110万円 | 119万円(目安) | 令和9年6月以降徴収分〜 ※自治体により異なる |
| ② 所得税の壁 | 160万円 | 178万円 | 令和8年分〜 |
| ③ 社会保険の壁(106万円) | 106万円 | 賃金要件撤廃予定 | 令和8年10月〜 |
| ④ 社会保険の壁(130万円) | 130万円 | 変更なし | — |
以下では、それぞれの壁の内容と改正のポイントを解説します。
① 住民税の壁:110万円 → 119万円へ(目安)
住民税は、給与収入が一定額を超えると課税されます。4つの壁の中で最初にかかり始める壁です。令和8年度改正により給与所得控除が引き上げられたことで、住民税の壁も引き上げられます。
住民税は前年の所得をもとに課税されるため、新しい基準は令和9年6月以降に徴収される住民税から適用されます。なお、住民税の非課税基準は自治体によって異なりますので、正確な金額はお住まいの市区町村にご確認ください。
② 所得税の壁:160万円 → 178万円へ
令和8年分から、所得税の壁が160万円から178万円に引き上げられました。基礎控除(誰でも受けられる控除)と給与所得控除(給与収入がある人が受けられる控除)がともに引き上げられたことによるものです。
178万円の仕組み
基礎控除(最大104万円) + 給与所得控除(74万円) = 178万円
給与収入が178万円以下であれば、所得税は課税されません。改正前の160万円という基準で対応し続けているケースも見受けられます。令和8年分からは基準が変わっていますので、社内の給与基準を今一度ご確認ください。
③ 社会保険の壁(106万円)
社会保険の壁は所得税・住民税とは別の制度です。パート・アルバイトなど週の所定労働時間が短い従業員(短時間労働者)が、以下の条件をすべて満たすと社会保険への加入義務が発生します。
加入義務が発生する条件(すべて満たす場合)
・週の所定労働時間が20時間以上
・月額賃金が8.8万円以上(年収換算で約106万円)
・学生ではない
・2ヶ月を超える雇用の見込みがある
この月額8.8万円の賃金要件は令和8年10月に撤廃予定です。撤廃後は「週20時間以上勤務」という条件を満たす短時間労働者であれば、収入にかかわらず加入義務が生じます。また、加入義務が生じる企業規模の基準も段階的に拡大され、2027年9月までは従業員数51人以上、2027年10月以降は36人以上が対象となります。
④ 社会保険の壁(130万円)
会社員や公務員の健康保険の扶養に入っている配偶者や家族が、年収130万円を超えると扶養から外れ、自分で社会保険に加入しなければならなくなるラインです。健康保険料・年金保険料の自己負担が発生するため、4つの壁の中で手取りへの影響が最も大きくなります。130万円を基準に給与調整を希望される従業員が多いのはこのためです。今回の改正では変更はありません。
従業員から「扶養の範囲内で」と言われたときは
まず、従業員がどの壁を意識しているかを確認することが重要です。壁の種類によって基準となる金額が異なります。
② 所得税の壁を意識している場合 → 年収178万円以内
令和8年分から適用。改正前の160万円から18万円引き上げられています。社内の給与基準が160万円のままになっていないかご確認ください。
① 住民税の壁を意識している場合 → 年収119万円以内(目安)
令和9年6月以降徴収分から適用。自治体により基準が異なります。
④ 社会保険の壁を意識している場合 → 年収130万円以内
変更なし。健康保険料・年金保険料の自己負担が発生するため手取りへの影響が最も大きく、多くの従業員が最も意識している壁です。
まとめ
令和8年度改正による年収の壁の変化
・① 住民税の壁:110万円 → 119万円が目安(令和9年6月以降※自治体により異なる)
・② 所得税の壁:160万円 → 178万円(令和8年分〜)
・③ 社会保険の壁(106万円):令和8年10月に賃金要件撤廃予定
・④ 社会保険の壁(130万円):変更なし
「年収の壁」は種類によって金額の基準も根拠となる制度も異なります。所得税・住民税の壁は今回の改正で引き上げられましたが、多くの従業員が最も意識している社会保険の壁(130万円)は変わっていません。従業員から申し出があった際は、どの壁を意識しているかを確認した上で、適切な給与水準を設定しましょう。
※本コラムは令和8年5月19日現在の法令等に基づいて作成しています。今後の法令改正等により内容が変わる場合があります。
